不妊治療が新しい仕事とパートナーとの信頼関係を与えてくれた|長 有里子さん

2019.4.1
長有里子自らの不妊治療体験から、食事カウンセリングや栄養講座などを通じて妊活中と妊娠中の女性をサポートする「sazukaru」代表で、管理栄養士の長 有里子さん。清々しい笑顔で、女性自身の体も赤ちゃんの体も、女性自身が食べたものでできているという長さんに、sazukaruを立ち上げたきっかけや、ご自身の不妊治療体験について、伺いました。

食事の大切さを実感した20

―長さんは、管理栄養士としても活躍されています。もともと食事や栄養に興味があったのですか?

長:大学卒業後、編集プロダクションで女性誌の美容ページの編集業務に携わっていました。すごく忙しくて、昼はファストフードの牛丼、夜は焼肉を食べに行き、深夜にタクシーで帰るような不規則な生活を送っていました。当時は料理を全くしておらず、お米を研いだことすらありませんでした(笑)。

そんな生活をしていたら、肌荒れやアトピーを発症してしまって。仕事でいただいた高級化粧品などのサンプル品を使っても改善しませんでした。ただ、忙しくても実家の母の手料理を食べると、すごく美味しくて心もほっとして、食べ物を変えたら肌荒れも何とかなるのかなと、漠然と思っていました。

 次第に食事や栄養について知りたい気持ちが大きくなり、編集プロダクションを退職して29歳で栄養専門学校に2年間通いました。生活が整ったこともあると思いますが、身に付いた食に関する知識を料理に生かしたらしたら、長らく悩まされていた肌荒れが改善したんです。卒業後、食生活に関わるサイトを運営するベンチャー企業に立ち上げから参加し、そのせいで深夜にタクシーで帰るような生活に戻ってしまいましたが、幸いにもアトピーは出ませんでした。やっぱり食事ってすごいと、改めて思いました。

―やはり食事によって、体調が維持されているのですね。sazukaruはどのような経緯で立ち上げたのですか?

長:私自身が不妊で悩んでいたので、同じ悩みを持つ方のお役に立ちたかったんです。当初は、勤めていた会社に許可を取って副業という形で始め、週末に活動していました。現在は退職し、妊活中と妊娠中の女性に向けた2種類の食事講座を月1回ずつぐらいのペースで行っています。

―講座には、どのような特徴があるのですか?

長:参加される女性たちが和気あいあいと過ごせるように、1回6名の少人数制です。やはり不妊治療を受けていることを人には言いづらいという方が多いので、悩んでいるのは自分1人だけではないと分かってよかった、という声をいただいています。また、参加される方の85%は会社勤めをされているので、なるべく手軽に摂れる食事内容を提案するよう心がけています。

不妊治療をスタートするも、乳がんが発覚

―今の活動のきっかけにもなった不妊治療ですが、なぜ始められたのですか?

長:務めていたベンチャー企業で出会った男性と34歳で結婚し、すぐにでも子供が欲しかったのですが、なかなか妊娠には至らなかったんです。そこであまり深く考えずに近所の産婦人科に通い、最初はタイミング法を行っていたものの、なかなかタイミングが取れなくて。そうこうしているうちに、36歳で乳がんが見つかりました。

―それは大変でしたね。不妊治療より、まず乳がん治療に専念しようとは思われませんでしたか?

長:稀なケースらしいのですが、私のがんは非常に初期で、手術前の検査でがん細胞を摘んだら、全部除去できてしまったらしいんです。抗がん剤やホルモン剤、放射線治療は必要なく、すぐに不妊治療が再開できたので、37歳からはがんの治療をした同じ病院で人工授精を始めました。

当時、勤務先の会社で毎年健康診断を受けていたのですが、がんが見つかる前年は、忙しくて健診をサボってしまったんです。それで次の年の健診で、突然「気になるところがあるので、病院で詳しい検査を受けてください」と言われ、驚きました。でも自分は健診でがんを見つけてもらえたので、皆さんには健診には絶対行くべきと言っています。乳がんや子宮がんになってしまったら、子供を持てる確率がすごく低くなってしまうかもしれませんから。

食事は夫婦のコミュニケーションの時間でもある

―その後、本格的に不妊治療を進められたのですね。

長:はい。人工授精をした病院では、3回目以降は成功率がどんどん落ちるから、6回行っても結果が出なかったら、年齢を考慮してすぐに体外受精をすることを勧められていました。とはいえ、まだ仕事中心の生活でしたし、何となくすぐに妊娠できる気がしていて、その6回は仕事を優先して1年以上かけて行いました。

しかし、結局、1回も妊娠判定が出ず、転院して次のステップの体外受精に臨みました。39歳のときです。3回受精卵を体内に戻しましたが3回とも流産して、4回目の受精卵でようやく娘を授かることができました。

―苦しい体験をされたのですね。当時はどのようなお気持ちでしたか?

長:40歳を前に私には子供がいないなんて、想像すらしていませんでした。当時勤めていた会社で、妊娠した後輩が次々に退職していくのを見て、すごく羨ましくなると同時に、焦ってしまって。

でも、当時はすでに栄養について学んでいたので、私の体は私自身が食べたものでてきているし、赤ちゃんも私自身が食べたもので作られるということは認識していました。だから、不妊治療の結果が思うようにいかず投げやりな気持ちになっても、食事だけは頑張って、料理ができるときは自分で作っていました。食事をテイクアウトするときでも、例えばほうれん草のごま和えなど、すぐに調理できるものをひと品付け足したりして、栄養バランスのいい食事を取るように心がけていました。

それと、夫も仕事がとても忙しく、週末の食事の時ぐらいしか夫婦でゆっくり話せなかったんです。わずかな時間でしたが、食事はコミュニケーションを取る時間でもあり、それによって心が満たされるということはありました。

不妊治療を通じて、パートナーとの関係性が深まる社会に

―不妊治療では、パートナー間のコミュニケーションが非常に大事だと思います。ご主人とは、温度差などはなかったのですか?

長:結婚当初は、私ばかりが子供を欲しがっていました。夫は、自然に過ごしていれば自然に子どもを授かれると思っていたようで、「子どもが欲しい」と言う私はかなりうるさかったらしいです(笑)。でも、人工授精で6回とも結果が出なかったことが、夫の中では転機になったようです。

 夫は当時、喫煙者でしたが、いつの間にかたばこをやめていました。私はそのことを忘れていたのですが、喫煙が精子の質を下げるという話を夫にしていたようで、自ら禁煙外来に行ったようでした。ある時、私の同僚から「旦那さんは禁煙外来に行って頑張っていますね」と言われて、「え、そうなの?」って(笑)。長いこと吸っていた割には、意外とすぐやめられたそうです。

―なかなかパートナーの協力を得られないという女性もいると思います。どうしたらいいでしょうか?

長:ちょっとした楽しみをつくるといいかもしれません。私の夫も会社勤めだったので、夫婦で一緒に病院に行くことは難しかったのですが、妊娠判定日などの節目には、予定をやりくりして夫は私に付き添ってくれました。そんなときは、病院の帰りに、2人が大好きな天ぷらを食べることが楽しみでした。結果がよくなければ、ビールも飲んだりして(笑)。

 それと、旅行でも読書でも、気を紛らわす時間を持つといいと思います。私は人に呆れられるぐらいネガティブな性格で(笑)、体外受精を始めたら四六時中妊娠に対する期待と不安に気持ちが支配され、落ち込んだり不安になったりしていました。でも、ストレスを抱えると、人の体は血管が縮まって子宮への血流も悪くなってしまいます。だから気を紛らわすために、お菓子作り教室に通ったり、薬膳の勉強を始めたりしました。それまでは、来月こそ妊娠してつわりになるかもしれないからと、長期的な予定を立てることは避けていましたが、一向に妊娠しないことを逆手に、思い切って1年間のコースを受講したり、先生に個人指導についてもらったりしました。その間は妊娠以外のことに集中できるので、ネガティブ思考に陥りやすい性格の私にはよかったと思います。

―長さんも、悩みながらもさまざまな工夫をされていたのですね。不妊治療を通じて、ご主人に対する思いに変化はありましたか?

長:夫に対して信頼感が増しました。3回目の流産を経験して、病院で会計をしていたとき、「流産したのに何万円も払わなくてはいけない。これがずっと続くのか」と急に不安に駆られた瞬間があったんです。でも、乳がんのときも含めて、夫がこれまでずっと支えてきてくれたことを、ふと思い出しました。

子供はなんとしても授かりたいけれど、万が一授かることができなかったとしても、夫と2人で仲良く生きて、夫に恩返ししていこうと自然に思えました。

私は結果として子供を授かることができましたが、どんなに努力をしても、不妊治療を受ける全ての女性が妊娠できるわけではないですし、世界保健機関(WHO)の見解では、不妊の原因の約半分は男性にあると言われています。そういったことを男性も学んで、パートナーの女性と一緒に頑張れるようになったら、不妊治療を通じて幸せな気持ちになれる人が増えるのではと思います。


<長 有里子さん>

管理栄養士。妊活中や妊娠中の女性向けの栄養講座などを行う「sazukaru」代表。ブログ「授かるレシピ -妊活専門栄養士による妊娠するためのレシピ-」でも、妊娠しやすい体づくりのための情報発信をする他、母子栄養協会「妊産婦食アドバイザー」養成講座のテキスト監修・代表講師などとしても活躍中。