体外受精における母体へのリスク

2019.7.18

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体外受精(IVF)は、体内から取り出した卵子と精子を体外で受精させる治療法です。排卵誘発剤を1週間程度使用して卵子を育てた後、採卵手術により排卵直前に卵子を取り出し、洗浄・濃縮した精子を卵子にふりかけて受精させます。受精卵(胚)は2〜5日間培養してから子宮内に移植します。

体外受精では、精子と卵子をほぼ確実に受精させることができますが、排卵誘発剤による卵巣刺激や採卵手術の行程において、母体は薬剤の副作用をはじめとしたいくつかのリスクに見舞われる可能性もあります。無闇に恐れるのではなく、まずはどんなリスクがあるのか正しく理解しておきましょう。

薬物治療によるリスク

卵巣過剰刺激症候群(OHSS)

排卵誘発剤の効き方には個人差がありますが、薬剤の使用に対して卵巣が過剰に反応した場合に起こるのが卵巣過剰刺激症候群(OHSS)です。卵巣腫大、血液濃縮、脱水症状、腹水・胸水の貯留などが特徴で、悪化すると脳梗塞や心筋梗塞の原因となる血栓(血の塊)ができたり、腎機能障害を起こして生命に危険が及ぶこともあります。

OHSSの自覚症状としては、脱水症状によるのどの渇き、尿量の減少、体重増加、腹水が溜まることによる腹部の張り、胸水が溜まることによる呼吸困難などがあげられます。これらの症状が現れたら、すぐに主治医に申し出る必要があります。

OHSSと診断された場合は、排卵誘発剤の投与と採卵を中止し、軽症の場合は安静にして経過を観察し、重症の場合は入院して治療を行います。OHSSを起こしたまま妊娠すると、重症化し易いため、多くの方で入院が必要になります。OHSSを起こす頻度は、入院を要するような重症例では0.8~1.5%とされています。

治療は重症度に応じて異なります。軽症~中等症の場合には入院の必要はなく、生活指導(水分補給、脱水、運動制限など)を受け、経過観察となります。重症の場合には入院が必要となり、点滴、アルブミン投与、血栓を予防する抗凝固療法のほか、溜まった腹水を抜くための腹水穿刺や、状況により手術が行われることもあります。

採卵によるリスク

腹腔内や膀胱の出血

採卵手術は、膣内から当てた超音波により卵巣の様子を画像化しながら行われ、細長い採卵針で卵胞を穿刺し、吸引して卵子を採取します。針を刺すときに不快感や痛みを伴うことがあるため、必要に応じて麻酔薬が使われます。

採卵時、卵巣で出血が起こりますが、ごく少量で自然に止まります。しかし、まれに卵巣周辺の血管が傷ついて腹腔内に出血が起こることがあり、ひどくなると輸血や手術が必要となることもあります。また、卵巣が通常の位置にはなく、膀胱を通過して卵胞穿刺を行わなければならない場合、膀胱内に出血が起こりますが、多くは自然に止まります。

胚移植によるリスク

卵管や子宮の炎症や出血

胚移植はやわらかいチューブを用いて、子宮腔内に胚を戻す処置です。チューブがこすれることにより、卵管や子宮、子宮頸管に軽い炎症を起こしたり、少量ですが出血することがありますが、特に重大なリスクはありません。

妊娠におけるリスク

異所性妊娠(子宮外妊娠)

受精卵が子宮内膜以外の場所に着床した妊娠を異所性妊娠といいます。異所性妊娠の発生率は、自然妊娠の約1%に対し、体外受精では約5%まで上昇することが分かっています。着床する場所には卵管、子宮間質部、卵巣、子宮頸管などがありますが、最も頻度の高いのが卵管妊娠です。異所性妊娠を起こすと着床した部位の破綻による出血と腹痛が出現し、重症の場合は出血性ショックを起こすため、緊急手術が必要となります。

異所性妊娠の9割は、卵管に輸送障害などの問題があったり、過去に異所性妊娠を経験している方で生じます。したがって、該当する方はより注意が必要です。

多胎妊娠

一度に2人以上の赤ちゃんを妊娠した状態を多胎妊娠といいます。これは体外受精に限って起こる妊娠ではありませんが、体外受精では自然妊娠に比べて多胎妊娠率が高くなります。特に2個以上の胚移植では双子以上の多胎妊娠の可能性が高まるため、母体にも胎児にも危険が大きいことが問題となっていました。

そこで2008年に日本産科婦人科学会は「移植する胚は原則として1個(ただし35歳以上または2回以上続けて妊娠に至らない場合は2個移植が許容される)」との見解を示しました。不妊治療技術の進歩した現在では、1個の胚移植でも十分に妊娠は可能だからです。とはいえ1個の胚移植でも双子を妊娠する可能性は自然妊娠よりも少し高いと言われ、母体には負担がかかります。早産や母体出血、妊娠高血圧症候群、妊娠糖尿病などのリスクが高くなることもあります。

専門家の力を借りてリスクに対する不安を解消しましょう

以上のように、体外受精にはいくつかのリスクがありますが、過度の心配は強い精神的ストレスになります。ストレスも母体の健康にとって決してよくありません。不妊治療専門のクリニックではこうしたリスクを回避すべく細心の注意を払っており、副作用や問題が発生した場合にも適切な対処を行っています。少しでも体外受精に対する不安があれば主治医やカウンセラーに相談し、リスクに対する理解を深めていけば、安心して治療に臨めるようになるでしょう。

(文/メディカルトリビューン編集部)