不妊治療と女性のメンタルヘルス
不妊治療では、カップルがお互いに思いやりを持って協力することが重要ですが、パートナーとの気持ちのすれ違いや家族、友人との関わりなどが女性を心理的に追い込んでしまうことがあります。自分がどのような心理的状態にあるかを客観的に知ることができれば、物事の見方が変わって落ち込みがちな気持ちも少し軽くなるかもしれません。ここでは不妊治療を受ける女性のメンタルヘルスについて、これまでの研究や調査結果の一部をご紹介します。
不妊がもたらす心理的葛藤と孤立感
不妊の女性は「心理的葛藤」と「孤立感」の二つに苦しんでいるという報告があります(『女性心身医学』1998年2月号)。心理的葛藤とは、状況や日によって否定的な感情と肯定的な感情が交錯している状態を指します。例えば、子どもが欲しい気持ちと検査や治療から逃げ出したい気持ち、子どものいない人生が寂しく不幸に思える日とそれなりに自由で楽しいと思える日といった具合に、不妊女性の心理は常に揺れ動いていると考えられています。
一方の孤立感とは、さまざまな状況や場面で「誰からも理解されていない」と感じたり、自らうちに籠もってしまう状態のことです。パートナーの両親や親戚から「早く子どもの顔が見たい」などと言われてプレッシャーを感じている女性は多く、子どもができない「引け目」からそうした人たちと距離を置く傾向にあるとされます。さらに子どもの話題を避けたい、気持ちを話してもわかってもらえないなどといった感情から子どものいる友人や知人と疎遠になり人も多いようです。
不妊治療で「ボロボロ」「つらい」と感じることも
生殖補助医療(ART)を受けた女性を対象としたある調査によると、妊娠判定が陰性であったときの気持ちとして、ボロボロ、残念、つらい、金銭面が不安、年齢的に不安、あきらめなどが挙げられていました。また、判定前の治療そのものによって気が滅入る、イライラする、気持ちが動揺するといった心理状態が引き起こされることもあります。これは、不妊治療で用いられる排卵誘発剤などの薬の多くがホルモンの濃度を調整して妊娠しやすい状態をつくった結果、ホルモンバランスに変化が生じて心理面に影響を及ぼしているためとも考えられています。
職場の無理解がストレスに
近年は不妊治療を受けながら仕事を続ける女性が多いため、職場との関係も心理的な負担の要因になりえます。例えば、職場でプライバシーを守ることが難しい、同僚の女性から不妊治療への理解が得られない、通院のため仕事をたびたび休むことに上司への気兼ねがあるといったことです。
また、不妊治療は長期化することが多く、体外受精や顕微授精といった生殖補助医療は保険が適用されないため、経済的な負担は大きくなりがちです。そのため多くの女性が不妊治療中も仕事を続けざるを得ず、そのことが女性にとってさらなるストレスを生むという悪循環に陥ってしまうのです。
心理的負担が不妊を招く悪循環を改善するには
以上のような心理的負担は内分泌系や自律神経系に影響し、さらなる不妊の原因になると言われています。
内分泌系への影響としては、黄体形成ホルモン(LH)や卵胞刺激ホルモン(FSH)の分泌が減ってエストロゲンの減少が引き起こされることから、月経の周期が乱れ、卵胞の成長に悪影響を与えることが挙げられます。自律神経系への影響としては、自律神経失調症や免疫過剰に起因した不妊症や不育症の原因になる可能性があるとされています。
このような、不妊治療に伴う心理的負担がさらなる不妊につながるという悪循環をいかにして断ち切れば良いでしょうか。心理面での問題を一人で解決することは難しいので、主治医はもちろん、不妊カウンセラーや体外受精コーディネーターの資格を持ったスタッフに相談してみましょう。他にも、不妊に悩む人たちが無料で相談できる自治体の窓口「不妊専門相談センター」の利用も検討してみてください。第三者に対して自分の悩みを言葉に出して説明すれば、「心理的葛藤」や「孤立感」が解消されて心理的負担も軽減し、前向きに不妊治療に取り組めるようになるかもしれませんね。